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Can AI Perform Classical Music?

Classiiをはじめて、デジタル技術とクラシック音楽についても考えることが増えたのだけれど、今日は、AIとクラシック音楽について考えていることを書いてみます。

問1:AIは作曲できるのか?

答えは「できる」だと思います。実際、すでに始まっています。

クラシック音楽は、ある意味ではAIにとって非常に扱いやすい分野です。楽譜という明確な記号体系があり、数百年分の膨大な学習データが存在します。和声法や対位法といったルールも比較的整理されています。これらをもちいることで、「バッハ風のフーガ」や「ショパン風のワルツ」を作ってと言う指示を出せば、現在のAIでもかなりそれらしいものを生成できるはずだと思います。

もちろん、それは過去の様式の模倣に過ぎないという見方もあるでしょうし、事実そうだと思いますが、いろいろな作風を参考にしながら、新たなスタイルを模索することは可能だと思いますし、また、今後、言語モデルと音楽生成技術がさらに結びつけば、「冬の海を見つめる孤独」や「遠い故郷への郷愁」といった情景や感情を音楽へ変換することも可能になると思います。

問2:AIは楽器を演奏できるのか?

これも、いずれ可能になるように思います。

演奏家の卓越した技術と神秘的な表現はときに神業とも称されるものですが、しかし、その多くは楽譜と音響結果の関係として分析が可能です。

テンポの揺らぎ。

フレージング。

強弱。

アーティキュレーション。

演奏家ごとの癖や傾向を大量に学習させれば、ある演奏家らしい演奏を再現することは十分可能だと思います。

実際、その方向の試みはすでに存在します。

ヤマハによるグレン・グールドの演奏スタイルをAIによって再現しようとする研究、Dear Glenn プロジェクトは話題になりました。

グールドの演奏は、独特のテンポ感やフレージング、そして演奏中に思わず口ずさんでしまう癖まで含めて、非常に個性的な演奏家でした。

研究者たちは過去の録音を解析し、その特徴をモデル化することで、「もしグールドが別の曲を弾いたらどうなるか」を再現しようとしています。

もちろん、その演奏はグールドを模したAIによるものであって、グールド本人によるものではないですし、グールドのようなユニークな仮想の演奏家を生み出したわけでもありません。しかし、プロジェクトの動画を観ましたが、ピアノに人の魂(グレンとは少し違うような気もしますが)が乗り移ったかのような錯覚を覚えました。

このプロジェクトは、わたしたちが演奏家の個性だと思っているもののかなりの部分は、データとして抽出し再現できる可能性を示しているのです。

そう考えると、「演奏は人間にしかできない」という考えも、少しずつ揺らぎ始めているのだと思います。

さらに難しいのは、楽器を演奏する身体の方でしょう。

チェロを例にとれば、音程を決める左手の指の位置、ビブラートの幅と速さ、弓の速度、圧力、厚みなどが絶えず変化します。しかも、楽器ごとの個性にあわせる必要があるのでさらに複雑です。こういった複雑な動作を繊細に再現するのは簡単ではないでしょう。

しかし、近年のロボット技術の進歩も目覚ましいものがありますから、この問題もいつか解決されるような気がします。そのうち、人間より正確な音程で、人間より安定したボウイングを行うチェロ演奏ロボットが現れても不思議ではありません。

じつは、もっと難しいのはアンサンブルだと思います。

オーケストラの演奏は単なる楽譜の再生ではありません。

指揮者を見て、コンマスを見て、周囲の音を聴き、自分の音を調整し続ける必要があります。

そこでは数十人、数百人が常にリアルタイムにコミュニケーションを交わし、刻々と演奏が変化しています。

そう考えると、超絶技巧の難曲を独奏するAIよりも、弦楽四重奏を成立させるAIの方がずっと難しいように思えます。

じつは、Dear Glenn プロジェクトでは、生身のピアニストとAI-Glennによるピアノのデュオも披露されていましたが、まだ、少し難しいように見えました。

問3:人はAIの演奏に満足できるか?

技術的な可能性という意味では、作曲も演奏も、おそらくAIは実現していくでしょう。しかし、それによって私たちは本当に満足するのでしょうか。

グレン・グールドはテクノロジーの進化に正面から向きあい、新たな表現方法を模索し実践した音楽家でした。彼はコンサート形式による演奏活動から離れ、録音技術によって音楽表現を発信する道を選択しましたが、もし彼が現代に生きていたら、AIによる演奏生成にも大きな関心を示したかもしれません。

一方で、それから半世紀以上が経った今も、人々はコンサートホールへ足を運び続けています。そして、AI時代になって、その価値は増しているようにも思えます。

では、わたしたちは何を求めて演奏会に足を運んでいるのでしょうか。

演奏会では、若い演奏家の瑞々しい演奏に感動したり、年齢を重ねた演奏家の一音に深く心を動かされることもあります。ミスタッチやその後の立て直しといったドラマもあります。最終楽章に向けて会場全体の温度のあがっていく様に興奮を覚えることもあります。

そうした、ライブならではの体験、生身の人間との音楽を通じた対話をわたしたちは求めているのでしょう。

AIが作曲し、AIが演奏する未来は、おそらくやって来ると思います。

そして、その完成度は私たちの想像を超えるものになるかもしれません。

それでも、生身の人間の演奏の価値がなくなるとは思いません。

人が音楽を演奏をするのは完璧な演奏をするためだけではありません。

新しい曲と出会い、その曲への理解を深めること。

そして、その時々の自分自身が何を感じ、何を表現したいと思っているのかを発見しつづけること。

そのために、人は音楽を演奏し、その音楽に取り組む姿勢が人の心を動かすのだと思います。